Karikomu

「かりこむ」は、八雁短歌会員を基とした短歌を学ぶ場です。

現代短歌全集を読む 第三巻

第七十九回 『東京紅橙集』 吉井勇

第七十九回 『東京紅橙集』 吉井勇<選歌二首>(全三〇七首より) 臙脂(えんじ)の香(か)おしろいの香(か)もなつかしや金春湯(こんぱるゆ)より春(はる)の風(かぜ)ふく 栄竜(えいりう)がゆたかなる頬(ほ)に見入る(みいる)ときはじめて春(…

第七十八回 『翡翠』片山広子

第七十八回 『翡翠』片山広子<選歌三首>(全三〇〇首より) わが指に小さく光る青き石見つつも遠きわたつみを恋ふ あめつちのちひさきことのみが我が黒き眼にかろく映りぬ くれなゐのうばらの花に白う咲けとのたまはすなりせまきみここころ 〈メモ・感想〉…

第七十七回 『無花果』若山喜志子

第七十七回 『無花果』若山喜志子(大正四年)<選歌七首>(全四六八首より) あなやこはゆく手もはても薄氷(うすらひ)のわが世なりけり何ふむべしや この家のぬちわれがうごくも背(つま)がうごくも何かさやさやうたへる如し まづしくあらば刺して死な…

第七十六回 『春の反逆』岩谷莫哀

第七十六回 『春の反逆』岩谷莫哀(大正四年)<選歌六首>(全四ニ三首より) 帽子をかぶりいそいそとして家を出でぬさていづかたへ足をはこばむ 何となう心うれしきこの寝ざめ春は障子をおとづれにけり みづからにつらくあたりて見むかともふと思ひけり蟬…

第七十五回 『片々』山田邦子

第七十五回 『片々』山田邦子(大正四年)<選歌三首>(全三〇一首より) 自らの心かき裂き引きむしり狂へりし間に児は這ひそめぬ 我つひに母となりけり海に来てつくづく肌の衰へを知る 家をおき児を見に来たる淋しき女をとがめ給ふな 〈メモ・感想〉 『片…

第七十四回 『傑作歌選第二輯 武山英子』武山英子

第七十四回 『傑作歌選第二輯 武山英子』武山英子(大正四年)<選歌10首>(全197首より) 寵さめて凭(よ)るにさびしき朝の窓何の傲りぞ緋牡丹の花 幣(ぬさ)を手に雁を見おくる人わかし加茂のやしろの秋の夕ぐれ 湯あがりのかたちつくろふ夕かがみ対(…

第七十三回 『濁れる川』窪田軽穂

第七十三回 『 濁れる川』窪田軽穂 (大正四年)<選歌17首>(全1011首より) 麦のくき口にふくみて吹きをればふと鳴りいでし心うれしさ 麦の穂のしらしらひかり春の日のたのしかりし今日も終らんとすぞ 生まれては初めて見るとまさやかに青き五月の天(あ…

第七十二回 『切火』島木赤彦

第七十二回 『 切火』島木赤彦 (大正四年)<選歌8首>(全263首より) 女一人(ひとり)唄うたふなる島踊りをどりひそまり月の下に 椿の蔭をんな音なく来りけり白き布団を乾(ほ)しにけるかも バナナの茎やはらかければ音もなし鉈(なた)をうち女なりけ…

第七十一回 『明る妙』尾山篤二郎

第七十一回 『 明る妙 』尾山篤二郎(大正4年)<選歌7首>(全388首より) 曙の風のあゆみもはろやかにさてこそ山はそびえたりけり ながれよりかなしみ来るながれより鋭(と)きかなしみの色てりかへす わが杖木、真冬のまさごつくなべにくやしくあとぞの…

第五十七回 『蹈絵』白蓮

第五十七回 『蹈絵』白蓮(大正四年)<選歌8首>(全319首より) われといふ小さきものを天地の中に生みける不可思議おもふ 蹈絵もてためさるる日の来しごとも歌反故いだき立てる火の前 吾は知る強き百千の恋ゆゑに百千の敵は嬉しきものと 天地の一大事とな…

第五十六回 『潮鳴』石榑千亦

第五十六回 『潮鳴』石榑千亦(大正四年) <選歌8首>(全377首より) 天も地もしめりもちたる曇り日に 白樺の木の目にきらきらし 旅にして剪りたる爪の 黒くなりて又剪りぬべく 日数経にけり 日は暮れぬ 山も 野も 海も見えずなりて 帰るべき家のただ目に…

第五十五回『生くる日に』前田夕暮

第五十五回 『生くる日に』前田夕暮(大正三年) <選歌九首>(全534首より) わが行くはひろき草場のはつ冬のうす日だまりぞ物思ふによし 塚(つか)の如くつまれし草に火を放て焔ちぎれて青空にとべ 走り行く舗石(しきいし)の上、走り行く深更(しんか…

第五十四回 『夏より秋へ』與謝野晶子

『夏より秋へ』與謝野晶子(大正三年)<選歌十二首>(全 767 首より) 琴(こと)の音(ね)に巨鐘(きよしよう)のおとのうちまじるこの怪(あや)しさも胸(むね)のひびきぞ 人(ひと)の世(よ)の掟(おきて)の上(うへ)のよきこともはたそれならぬ…