Karikomu

「かりこむ」は、八雁短歌会員を基とした短歌を学ぶ場です。

現代短歌全集を読む 第二巻

第五十三回 『さすらひ』尾山篤二郎

『さすらひ』尾山篤二郎(大正二年)<選歌10首>(全544首より) 霧(きり)か、闇(やみ)か、樹間(こま)うす青(あを)くただよへりしたいままなる樹木(じゆもく)の呼吸(こきふ) 野(の)のなからひ、闇(やみ)のみどりのいやはてに光(ひか)るも…

第五十二回 『春かへる日に』松村英一

『春かへる日に』松村英一(大正二年)<選歌6首>(全454首より) 白き歯を見せてはよくも笑ひつる女の去りし家に夜の落つ 空の上ほのかに明るみ柔かみ雲の動くが見ゆる夕ぐれ われいつか己が心もうち忘れ夕ぐれ時の来るをば待つ 白き布取れば静かに子はあ…

第五十一回 『涙痕』原阿佐緒

『涙痕』原阿佐雄(大正二年)<選歌4首>(全464首より) この涙つひにわが身を沈むべき海とならむを思ひぬはじめ 生と死のいづれの海にただよへる吾とも知らずいくとせか経む おなじ世に生れてあれど君と吾空のごとくに離れて思ふ 夕されば恋しきかたに啼…

第五十回 『旅愁』内藤鋠策

『旅愁』内藤鋠策(大正二年)<選歌9首>(全221首より) ほととぎす、胡桃若葉の岡つづき小雨に慣れし家のこひしき 鳩喚べば鳩はやさしくさびしげに人を見るなり秋風の家 うつむきてとみに心のおとろへをおもふ人あり夜の雨ぞする 掌(てのひら)の冷たか…

第四十九回 『日記の端より』尾上柴舟

『日記の端より』尾上柴舟(大正二年)<選歌13首>(全577首より) 温泉(ゆ)の烟凝りて流るゝ玻璃の戸に山の椿の一花ぞ濃き 風わたる梢を見ても胸をどるまこと山にて恋しきは海 動きては威をば損ずといひがほに立ちたる山も一言は云へ 新しき疲れの中に昨…

第四十八回 『かろきねたみ』岡本かの子

『かろきねたみ』岡本かの子(大正元年)<選歌8首>(全70首より) 力など望まで弱く美しく生まれしまゝの男にてあれ 血の色の爪に浮くまで押へたる我が三味線の意地強き音 朝寒の机のまへに開きたる新聞紙の香高き朝かな 三度ほど酒をふくみてあたゝかく…

第四十七回 『新月』佐佐木信綱

『新月』佐佐木信綱(大正元年)<選歌11首>(全300首より) あたたかき陸(くが)を慕(した)ひて数千(すうせん)の鳥(とり)むれ渡(わた)る松前(まつまへ)の秋(あき) 長崎(ながさき)の船出(ふなで)の朝(あさ)を小舟(をぶね)漕(こ)ぎ一…

第四十六回 『死か藝術か』若山牧水

『死か藝術か』若山牧水(大正1年)<選歌7首>(全386首より) 蒼(あを)ざめし額(ひたひ)つめたく濡(ぬ)れわたり月夜(つきよ)の夏(なつ)の街(まち)を我(わ)が行(ゆ)く ただひとつ風(かぜ)にうかびてわが庭(には)に秋(あき)の蜻蛉(…

第四十五回 『悲しき玩具』石川啄木

『悲しき玩具』石川啄木(明治45年)<選歌9首>(全194首より) 途中にてふと気が変り、 つとめ先を休みて、今日も、 河岸をさまよへり。 本を買ひたし、本を買ひたしと、 あてつけのつもりではなけれど、 妻に言ひてみる。 家を出て五町ばかりは、 用のあ…

第四十四回 『黄昏に』土岐哀果

『黄昏に』土岐哀果(明治45年)<選歌17首>(全352首より) このー小著の一冊をとつて、 友、石川啄木の卓上におく。 もの思ひつつ、街路を歩めば、 行人の顔の、さもしさよ。 ぺつと唾する。 働くために生けるにやあらむ、 生くるために働けるにや、 わか…

第四十三回『一握の砂』石川啄木

『一握の砂』石川啄木(明治43年)<選歌七首>(全551首より) 大といふ字を百あまり 砂に書き 死ぬことやめて帰り来たれり 飄然と家を出でては 飄然と帰りし癖よ 友はわらへど わが泣くを少女等(をとめら)きかば 病犬(やまいぬ)の 月に吠ゆるに似たり…

第四十二回 『酒ほがひ』吉井勇

『酒ほがひ』吉井勇(明治43年)<選歌12首>(全718首より) 衰へしともなほ知らぬ君見ればああ冷笑ぞ頬にのぼりぬる 歎きつつ三年(みとせ)のまへの相知らぬふたつの世へと別れて帰る ただひとつ心の奥のこの秘密あかさず別る憾(うらみ)なるかな いかに…

第四十一回 『相聞』與謝野寛

『相聞』與謝野野寛(明治43年) <選歌十五首>(全997首より) ころべころべころべとぞ鳴(な)る天草(あまくさ)の古(ふ)りたる海(うみ)の傷(いた)ましきかな 三十(さんじふ)をニ(ふた)つ越(こ)せども何(なに)ごとも手にはつかずてもの思…

第四十回 『覚めたる歌』金子薫園

『覚めたる歌』金子薫園(明治43年) <選歌十三首>(全357首より) 新しきわれを見いでしとある日に覚めたる歌をうたひつづくる しづやかに梢わたれる風の音をききつつ冷えし乳を啜(すす)りぬ 無花果の青き果(み)かめばなぐさまる、ものうきことの夕ま…

第三十九回 『收穫』前田夕暮

『收穫』前田夕暮(明治43年) <選歌十一首>(全541首より) 魂(たましひ)よいづくへ行くや見のこししうら若き日の夢に別れて 襟垢のつきし袷と古帽子(ふるぼうし)宿をいで行(ゆ)くさびしき男(をとこ) 何物か胃に停滞(ていたい)しあるがごと思は…

第十七回 『独り歌へる』 若山牧水

『独り歌へる』 若山牧水(明治43年) 「選歌8首」(全515首より)夕されば風吹きいでぬ闇のうちの樹梢(こむれ)見ゐつつまたおもひつぐわかれ来て幾夜(いくよ)経ぬると指折れば十指(とゆび)に足らず夜のながきかな胸にただ別れ来(こ)しひとしのばせ…