Karikomu

「かりこむ」は、八雁短歌会員を基とした短歌を学ぶ場です。

第二十一回 私はなぜ前川佐美雄が好きか(4)

第四回 (1)歌集『白鳳』より選歌と感想 (2017.1.22)
前川佐美雄 第3歌集『白鳳(はくほう)』(1941・全410首)より28首
*第3歌集『白鳳』は、第2歌集『大和』(1940)以前に、作歌された歌をおさめている。

〈選歌二十八首〉

  いきものの人ひとりゐぬ野の上の空の青さよとことはにあれ

  百年の夢をむさぼる野良の身はつひに植物のましろさとなれ

  野のはての樹きに縛しばられた千年せんねんのうらみはいまにきつと報いる

  今はもう陽ひに蹠あしのうらをむけながら生きてはをれどかなしくもなし

  あの雲に二度包つつまれぬ我なるをおもへばかなし日の下もとにゐる

  夜の更けは枕辺にある花のなかにまだ死なぬ我の魂たまやすみゐる

  いつか知ら落おとした時計が見つかって今年は春が速はやまはりする

  アパートの中庭に五月の花が咲きもはやもの憂うい晝ばかりつづく

  このやうにまつ暗な街を歩きつついかにきびしく眼をひらきゐる

  氣ちがひになつて見たいと思ふ日の空の青さよくらくらとなる

  まつ靑な空のある下に生い立つて世にもやさしき遊びをぞする

  うなだれた花花のそばを歸るとき三千世界にただわれひとり

  海のなかへ命いのち投げたがどうしても頭が浮くのでわらひはじめた

  夜になるとかうしてしづかに眠るなり我に嬬つまといふものもなく

  山といふ字を書けば山が見えて來る故郷の山の白いかなしさ

  あかときの空にまつ白に舞ふ鳩のほがらかさには負けてしまつた

  ピストルは玩具といふこと知りながらどんどん菖蒲あやめの咲く池に撃うつ

  よろめいて歩きゐるとも朝なればのびるわが影はうたがひもせぬ

  犬つれて林のなかを歩きゐるかかる氣晴らしがいま何ならむ

  如何ばかり美しかるもたのしまず野山に淚ながしてかへる

  かなしうも何もないのに泣けて來くる籠こもりてをれど今日晴なれば

  北面の壁にむかひて寝起すればすでに不幸はさだめに似たり

  すさまじく音をたてて星のながれたるその夜は蝮まむしも地つちにこもりぬ

  億萬の夢ありやなしや地のうへにたつた獨ひとりぞといつか思へる

  まつぷたつに割れてゆく時間の底にありてあの顏が今はげに遥かなり

  夕ぐれはもう河のやうに騒がしくわが家やのうちを流れはじめる

  どことなく網や針金が光なりひと一人をらぬ午後の草はら

  くづれ落ちた土塀のうへの野鴉は遠方の夕日見てる氣がせぬ

  日が暮れてまたかへり來ぬ生きがたく庭石の下したに泣き叫びつつ
  
〈感想〉
 1935年(昭和5年春)~1935年(昭和10年)に作歌された歌を納めている。
 13首目、「海のなかへ命いのち投げたがどうしても頭が浮くのでわらひはじめた」この一首が、もし仮に、2017年現在の若者が詠んだ歌だと紹介されたらどうだろうか。
 どうして、前川佐美雄は、ここまで想像できるのか。その想像が尊重されるのか。あるいは、実際のことであっても、どうして、歌の中で、佐美雄は「跳ぶ」ことが出来るのか。
 その一つに、前川佐美雄の特異な孤独さ、が挙げられる。相聞歌が少ない。誰かを余り求めていない。そもそも、一人きりの世界の中に、草花や社会や、ピストルや犬猫があり、世界の中に居る自分の社会的立場をほぼ顧みていない。つまり、「妄想」として佐美雄は、これらの歌を、ある程度体感して歌っていたのではないだろうか。
 そこには、空想や虚構、造語を駆使した様な「(自分のことを分かって欲しいための)虚勢」はない。
どうにか自分の思い、自分の感じる世界を、他人とは異質な感覚を通しながらも、五七五七七を用いて、真っ直ぐに伝えたい、その様な、魂の叫びを感じる。定型は発想の自由すぎる佐美雄の歯止めとなっていると、筆者は考えた。
 そこには、どこかからの借り物の言葉を足したり引いたりする作業でもなければ、表現の自由なのだから分かってくれなくてもいいですといった開き直りもなく、歌を手土産に誰かと繋がろうという欲もない。
 本当に何かを伝えたい、「跳ぶ」ことの出来る、表現者としての孤独が感じられる。
キーワード:リアリティ