第三十五回 私はなぜ前川佐美雄が好きか(11)
第十一回 個人研究発表ー『日本し美し』選歌
前川佐美雄 第6歌集『頌歌 日本し美し』(1943年・全618首)より
〈選歌18首〉
鮮明(あざやか)によみがへる我(われ)が民ごころに既に紅々(あかあか)し今年(ことし)のもみぢ
日に月に息づかしさの重(おも)り来て今年(ことし)の秋のさやけさ沁まず
天窓(てんまど)の玻璃(はり)に冴え澄む星あかりこの國土(くにつち)を信じて眠る
日本(にっぽん)の兵なるかなや大陸(たいりく)の草紅葉(くさもみぢ)ひとつ送りくるこころ
われらいまだ夜(よる)の小床に温(あたた)かく眠る安けさ皇國(すみぐに)の恩(おん)
あかときの霜に響(ひび)きてあな清(さや)けひとつの大き御聲(みこえ)徹(とほ)りぬ
蒼天(あをぞら)をはるかに飛ぶも昨(きぞ)の日の天使(あまはぜづかひ)にあらざり今は
世界戦史に會ても見ざる大規模のこの策戦のとどろき渡る
國眠の心一途(いちづ)に凝りたれば堅(かた)しき國は日本(やまと)よりなし
亢(たか)ぶりて昨夜(よべ)を寝(ね)ざりし幾人(いくたり)が眉根(まよね)をあげて晴々(はればれ)語る
ひろびろし亜細亜の陸(つち)ぞ如何(いか)にとも言(こと)向(む)け和(やは)す戦(たたかひ)とほせ
百萬の敵何ものぞ恐らくは魂(たま)低き寄せ集め俄(にはか)づくりの兵
ボルネオの叢林(ジャングル)地帯をともしゐむ砲聲は思へこの戦(いくさ)大き
海に陸(くが)に大捷(おほかち)いくさ進みつつ生日(いくひ)足日(たるひ)の新年(にひとし)ぞ今日は
冬の日もすみれ花咲くうまし國(ぐに)大和(やまと)の土(つち)は穢(けが)れを知らず
にこやかに君し笑(ゑ)みます寫眞(うつしゑ)のその胸に抱ける何の花ぞも
弟の征く日まぢかし何をかも告げむとするや我(われ)はしきりに
よき戦(いくさ)して還(かへ)り来(こ)と言ひそめて心の底にたぎつをおぼゆ
【参考・引用文献】
『前川佐美雄全集』第一巻 小澤書店(1996)