Karikomu

「かりこむ」は、八雁短歌会員を基とした短歌を学ぶ場です。

第三十九回 『收穫』前田夕暮

『收穫』前田夕暮明治43年

 

<選歌十一首>(全541首より)

 魂(たましひ)よいづくへ行くや見のこししうら若き日の夢に別れて

襟垢のつきし袷と古帽子(ふるぼうし)宿をいで行(ゆ)くさびしき男(をとこ)

何物か胃に停滞(ていたい)しあるがごと思はるる日の果敢なき心地

すてなむと思ひきはめし男の眼しづかにすむを君いかにみる

空虚なるちからなき胃(ゐ)とつかれたる頭をはこび日の街をゆく

こなたみつつそのまま街のくらやみに没(ぼつ)しゆきける黒き牛の顔

うらかなし帰りて君が父の前いふいひわけのおぼつかなさも

雪ふれば彷彿として眼にみゆる空のはてなる灰色の壁

わが女われより外に恋ひし人なかれと祈る信なき日なり

同じ道ともに手とりて来し友をおとしいれぬと誇る人あり

今日も亦わづかに生きてありけりとつかれたる身を夜の床におく

呪ふべくいつくしむべくなつかしき相摸はわれの故郷なり

 

【参考・引用文献】 『現代短歌全集』第二巻  筑摩書房(1980)