第五十二回 『春かへる日に』松村英一
『春かへる日に』松村英一(大正二年)
<選歌6首>(全454首より)
白き歯を見せてはよくも笑ひつる女の去りし家に夜の落つ
空の上ほのかに明るみ柔かみ雲の動くが見ゆる夕ぐれ
われいつか己が心もうち忘れ夕ぐれ時の来るをば待つ
白き布取れば静かに子はありぬ眼つぶりて眠るごとくにありぬ
かうばしき物煑る匂ひ厨にて妻が笑へば亡き子思ほゆ
軒低く古びし家を守りつつ死なんとすなり我が父と母
笑ひつつ弟が振れる手の帽のつと見えし間に汽車は曲りぬ
『春かへる日に』について
第一歌集。作者24歳時。東京出身。明治22年生、昭和56年に歿(92歳)。序文は窪田軽穂が寄せている。真面目で優しい人柄なのだろうか。「亡き子」を思い、その感情は一貫して歌の底辺にある。しかし、物足りなさを思わずにはいられなかった。書くことはカタルシスでもあると筆者は考えているが、刊行するとなると、そこには作品としての水準が存在する、あるいは求められるのだと再認識した。
【参考・引用文献】 『現代短歌全集』第二巻 筑摩書房(1980)