第五十五回『生くる日に』前田夕暮
第五十五回 『生くる日に』前田夕暮(大正三年)
<選歌九首>(全534首より)
わが行くはひろき草場のはつ冬のうす日だまりぞ物思ふによし
塚(つか)の如くつまれし草に火を放て焔ちぎれて青空にとべ
走り行く舗石(しきいし)の上、走り行く深更(しんかう)の町われとかなしく
黒みたる広葉を風にひるがへし日の光みぬ一もと臭木(くさぎ)
我が父を眼病院にともなひぬ冬青(もち)の葉のなかの白き病室
赤くにじめる日没(にちぼつ)と白くけむる花、草いきれ強し空気よどめる
数人の男きたりて打ち黙し木を植う、青き木をめぐりつつ
日の光海いつぱいにひろごるも弟のかなしみも海いつぱい
日光にふれずして死にしわが妻の胎(はら)の児(こ)おもひ飯はまれざり
〈メモ・感想〉
明治16年7月神奈川県に生誕。第三歌集(作者31歳)。明治37年に上京し、若山牧水と同時期に尾上柴舟の門に入り、車前草社を結ぶ。
【参考・引用文献】 『現代短歌全集』第三巻 筑摩書房(1980)