Karikomu

「かりこむ」は、八雁短歌会員を基とした短歌を学ぶ場です。

本日の一首

本日の一首 ー 小田鮎子

玄関をひとたび出れば見しことのなき顔をして夫が歩く 襟立てて銀座の街へ消えてゆく夫追いかけて見たき日もある 途切れたる会話の間(あい)を縫うように公園脇を電車が走る 子を寝かせブラックコーヒー飲みながら取り戻したきことの幾つか 母でなくとも妻…

本日の一篇 ー 尾形亀之助

あるひは(つまづく石でもあれば私はそこでころびたい)自序 何らの自己の、地上の権利を持たぬ私は第一に全くの住所不定へ。 それからその次へ。 私がこゝに最近二ヶ年間の作品を随処に加筆し又二三は改題をしたりしてまとめたのは、作品として読んでもらう…

本日の歌 ー 追悼 岡井隆

岡井 隆(おかい たかし)1928年(昭和3年)1月5日 生- 2020年(令和2年)7月10日 没。 世間がこれだけ騒いでいるのだから、私も学ぶに及ばずとも、触れてみたいとかねてより思っていた。その時期が来るのを待っていた。そして、今朝、新聞紙上に阿木津英氏…

本日の一篇 ー ウルベント・サバ 須賀敦子訳

ミラノ 石と霧のあいだで、ぼくは 休日を愉しむ。大聖堂の 広場に憩う。星の かわりに 夜ごと、ことばに灯がともる。 人生ほど、 生きる疲れを癒してくれるものは、ない。 ウルベント・サバ 須賀敦子訳 須賀敦子『コルシア書店の仲間たち』 文藝春秋 (1995) …

本日の一篇 ー 太宰治

勉強というものは、いいものだ。代数や幾何の勉強が、学校を卒業してしまえば、もう何の役にも立たないものだと思っている人もあるようだが、大間違いだ。植物でも、動物でも、物理でも化学でも、時間のゆるす限り勉強して置かなければならん。日常の生活に…

本日の一首 ー 平井俊

ふれようと思えば届く距離にいる深夜のマクドナルドに座り 平井俊『角川短歌』角川文化振興財団(2018・11月号) p60 <メモ・感想> 第64回角川短歌賞の次席であった、『蝶の標本』より、一番良いと思った歌をあげた。なぜこの歌にしたかと言うと、歌を起点…

本日の一篇(ニ) ー 宇野千代

何を書くかは、あなたが決定します。しかし、間違っても、巧いことを書いてやろう、とか、人の度肝を抜くようなことを書いてやろう、とか、<略>決して、思ってはなりません。日本語で許された最小限の単純な言葉をもって、いま、机の前に坐っている瞬間に…

本日の一篇(一) ー 宇野千代

ものを書こうとするときには、誰でも机の前に坐る。書こうと思うときだけに坐るのではなく、書こうと思ってもいないときにでも坐る。<略>或るときは坐ったけれど、あとは忙しかったから、二、三日、間をおいてから坐るというのではなく、毎日坐るのです。…

本日の一首 ー 玉城徹

学ぶこと第一。第二は作ることぞ。人に知られむは末の末かも 玉城徹 『玉城徹全歌集』 いりの舎 (2017) <メモ・感想> 最近、更に、ぼやっと生活をしてしまっている。掲出歌は、私がちょうど眼を痛めて、焦りに焦っていた際に、阿木津英氏より知らされた…

本日の一首 ー 玉城徹

石をもて彫りたるごときはくれんの玉のつぼみの恋ほしきものを チュリップのま白き花を露一つすべりて落つと見し日はるけし 松原に遊歩の道のとほれるに人ふたりありてやぶ椿の花 三女性おじぎうやうやしくパフェ退治見れば若からず美しからず 玉城徹 『玉城…

本日の一首 ー 喜多昭夫

君はいつもわき目もふらず立ちあがるコーヒーカップの縁を拭ひて 喜多昭夫『哀歌ー岸上大作へ』八雁・第56号 (2021) <メモ・感想> 「八雁」第56号の中より抜粋するにあたり、一番分かり易く、一番思いやりの感じられる一首を目指して今号を読んだ。『哀歌…

本日の一首 ー 吉田佳菜『からすうりの花』

『はなぶさむら』より引用 (文責・関口) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 〈選歌十首〉 吉田佳菜 『からすうりの花』 国際メディア(2015) 久びさに訪ねくる人待ちわびて部屋ごとに置く水仙の花 花びらはわが頬に髪に乱れ立ちつくしたり…

本日の一首 ー 石田比呂志『冬湖』

鳥だって虫だってあの魚だって自分の居場所くらい知ってる 夜半覚めて時計の針を確かめてお臍の穴を覗きて眠る 今日もまた雀がしたり顔に鳴く短歌単純化、短歌単純化 短歌とはよんでくださるあなたへの灯ともしごろの愛の小包 飛ぶ鳥は必ず堕ちる浮く鳥は必…

本日の一首 ー 島田幸典『no news』

婚控えやさしき女友だちは襟の糸屑さらりと摘めり 島田幸典『no news』(2002)砂子屋書房 <メモ・感想> 良い歌を、自分が良いと思える歌を、この場でお伝えしたくここまで来た。しかし、寂しかったことがある。それは、短歌を始めてから、短歌以外の、主…

本日の一首 ー 髙橋則子『窓』

遅き日の曇る日くれてわれひとり居るこの部屋に菜の花零る 柔らかき若葉動きて鉛筆を削りつつゐるわが朝の窓 人のなきあとを生きつぎわが胸に残る声音は暗鬱のこゑ 星一つ月をさかりて白雲をさかりかがやく風のすずしさ わが顔に似合はぬ帽子いつかはとおも…

本日の一首

手相見の前に未来の在りし日や 鏡に春の口紅をひく 八雁会員O氏『現代短歌』No.83(2021)現代短歌社 p128 <メモ・感想> 八雁会員O氏の歌である。読者歌壇にて久々湊盈子氏の特選に入っていた。歌評には「一字あけたところがミソで、作者は口紅を引いて鏡…

本日の一首 ー 俵万智『サラダ記念日』

長江を見ていたときのTシャツで東京の町を歩き始める 「人生はドラマチックなほうがいい」ドラマチックな脇役となる ハンカチを忘れてしまった一日のような二人のコーヒータイム 俵万智『サラダ記念日』(1986)河出書房新社 <メモ・感想> 「生きることが…

本日の一首 ー 黒瀬珂瀾『ひかりの針がうたふ』

手に取れば冑蟹(かぶとがに)は身を反らしたり海立つとき吾もをさなし 見え難き世界の罅をさぐるごと妻はテープの切れ口さがす 眠りゐる妻と児を部屋に鎖(とざ)したる昧爽の鍵にぶく光るも やよひはやくも花ちりそむを助言など無視せよといふ助言たまはる…

本日の一首 ー 村山寿朗

この長き坂を登るに自転車を降りて押す日がやがてくるべし 村山寿朗(2001年<牙>11月号) 石田比呂志 ここに歌ありー<牙>ー作品鑑賞(2003)松下印刷 元来は生粋の出不精である私。転居して手狭な住処に移り、コロナ太りも気になって、午前中は散歩をす…

本日の一首 ー 大西民子

インタービュウを終て来てくだる丘の道風にとぎれつつ麦笛聞ゆ わが教へし舟歌(バルカロール)今も忘れずと何故に書き来しや母となれる教へ子 (『まぼろしの椅子』) 天日(天日)にまたさらされぬ音もなくあきたるドアをまろび出づれば モデルなどありて…

本日の一首 ー 岸上大作

血と雨にワイシャツ濡れている無援ひとりへの愛うつくしくする 福島大樹 『「恋と革命」の死』(2020)皓星社 以前に、私は岸上大作にフラれている。とある座談会の休憩中、会員のK氏が「僕は岸上大作が好きだ」と言い、内心、聞いたこともない名前に「誰だ…

本日の一首 ー 小野葉桜

森(しん)として寝静まりたる下町の家並をかぞへ行きかへるかな 久しぶりの雨の音聴き秋の朝の疲れ心をぢっと伏し居り 夕曇るおほわたつみの静けさよゆるき傾斜地(なぞへ)に蕎麦の花咲き 小野葉桜 『悲しき矛盾 小野葉桜遺稿歌集』(1987)ふるさと双書 若…

本日の一首

派手派手のスパンコールのマスクして友とはしゃぎ行く中華街 第八十八回 八雁横浜歌会(2021年1月24日) 関口智子 言葉にならない程の意義深い大目玉を喰らった私自身の歌である。阿木津英氏はこの歌に関して、「凄く嫌な感じが残る」、「目立ちたいという心…

本日の一首 ー 川野芽生

ブラインドに切り裂かれつつ落つるとき冬日も長き睫毛伏せをり 記憶とは泥濘(ぬかるみ) 気泡はきながら紅茶のうづへ檸檬が沈む たくさんの名前が出ては消えてゆく手紙に封を 薄紅の封 夢ぬちに橋のやうなるもの踏みき春とわが蹄とほのひかる 友人のすべて…

本日の一首 ー 田宮智美

階段をゆっくりあがってゆく恋だ来週たぶん鎖骨にさわる 助手席のシートを直す 足の長い誰かの座った季節を直す 喧嘩したこともないのに仲直りしたいと思う線香花火 可愛いとわたしに言ったことなどもなかったように結婚する人 「たすけて」を「大丈夫!」に…

本日の一首 ー 岡井隆

ヨハン・セバスチャン・バッハの小川暮れゆきて水の響きの高まるところだ にがにがしい結末であるがしかれどもそれに傘などかりてはならぬ 宴(うたげ)には加はるがいいしかしその結末からは遠退(とほの)いてゐよ 岡井隆 『現代詩手帖』(2020)思潮社 p2…

本日の一首 ー 野口和夫

くしゃみした拍子にのど飴飛び出して凍るホームに終電を待つ 野口和夫『現代短歌・1月号・第82号』(2021)p79 第八回現代短歌社賞、佳作『不採用通知』、より一首。久しぶりに、良い意味でフラットな歌に出会えた。その他の歌も、大きく道理から逸れること…

本日の一首 ー 石田比呂志 『石田比呂志全歌集』

不可思議のひとつ起こらぬこの道を勤めに出づるあしたあしたを 石田比呂志『石田比呂志全歌集』砂子屋書房(2001)p78 ある時、先達に「歌の安定性」について尋ねた。「歌の安定性とは?」と問い返され、「どのような時でも、歌として成立する水準の作歌力を…

本日の一首 ー 奥田亡羊 『亡羊 boyo』

この国の平和におれは旗ふって横断歩道を渡っていたが 一行を拾いに落ちてゆく闇の深さばかりが俺であるのか スプーンを覗き込んでは春の日をぼくは逆さに老いてゆくのか やさしかりし人のこころを計りつつ段(きだ)くだり来て地下鉄を待つ われを待つ妻の…

本日の一首 ー 吉田隼人

竜胆の花のやいばを手折るとき喪失の音(ね)を聴かむ五指かな 吉田隼人『角川短歌』株式会社KADOKAWA(2015・4月号)p64 逐語訳:リンドウの花の刃を手で折る時、刃が失われるその音を聴いているのだろうか五本の指は 竜胆の花は、晴れた日にしか咲かないそ…