第十三回 落合直文 『萩之家歌集』
落合直文(おちあいなおぶみ)『萩之家歌集』(明治39年刊行)より選歌(全1061首)
*第一歌集(遺歌集)であり、直文の没後、落合直幸にて編纂された。
〈選歌17首〉
いにしえを志のぶなみだの袖の上にいやふりまさる秋のむら雨
千年まできこえけるかな桜田へ啼きてわたりしあしたづのこゑ
見もやらでよそにのみわれ過ぎてけり音きき山の音にききつつ
曳く人に舟をまかせてゐながらに堤づたひの蟲をきくかな
たきぎこる賤が少女もうたふらむ山の奥にも道のある世と
さらぬだに寝られぬものを白波のよするおきつに何やどりけむ
いかにせむ道はまどひぬ日はくれぬ雨もふりきぬ風も吹ききぬ
世の人にあかき心をめでられてうらやましくもちる紅葉かな
わすれなむいまはたものは思はじと思ふもものをおもふなりけり
うまやぢの夜半のあらしのはげしさをいつか都の人にかたらむ
誰か来てわれよりさきにすずみけむ松の木かげに扇すてたり
身の上を聞きても見ばや門とに立ちて筆売る人のはづかしげなる
御墓へとゆきかふ道の一すぢはのこして志げれ野べの夏草
うつしなば雲雀の影もうつるべし写真しゃしん日和びよりのうららけき空
手ににぎる小筆こふでの柄つかのつめたさもおぼゆるまでに秋たけにけり
何となくつめたき石に手をふれて悟るといふもまよひなるらむ
おなじ世にたまたま君と生れきてともに歌よみともに萩見る
〈略歴〉
落合直文 1861年(文久元年)~1903年(明治36年) 42歳
宮城県県出身
1874年(明治7年)落合直亮の養子となる(13歳)。鮎貝槐園は実弟。
〈解釈〉
いにしえを志のぶなみだの袖の上にいやふりまさる秋のむら雨
(直訳)遠く過ぎ去った過去を懐かしむ涙が落ちる袖の上に、益々降り強まる秋のにわか雨よ
さらぬだに寝られぬものを白波のよするおきつに何やどりけむ
(直訳)ただでさえ寝られないのに白波が寄せる沖には何がとどまっているのだろう
たきぎこる賤が少女もうたふらむ山の奥にも道のある世と
(直訳)薪樵る(木を伐採する)卑しい身分の少女も歌っているだろう山の奥にも道
のある世と
わすれなむいまはたものは思はじと思ふもものをおもふなりけり
(直訳)忘れよう今となっては(会わない)者を思うまいと思ってしまうのも思い悩
みであることよ