第五十回 『旅愁』内藤鋠策
『旅愁』内藤鋠策(大正二年)
<選歌9首>(全221首より)
ほととぎす、胡桃若葉の岡つづき小雨に慣れし家のこひしき
鳩喚べば鳩はやさしくさびしげに人を見るなり秋風の家
うつむきてとみに心のおとろへをおもふ人あり夜の雨ぞする
掌(てのひら)の冷たからずや、人妻となりたる君も睡(ぬ)る春の夜に
森の葉に射すあはれさ、静なる水のほとりのもののあかるさ
久にしてあへれば母のいわけなく物怖ぢたまひあはれなりけり
おちかかる夜の空気にいちじるしく今宵は汝のぬれて佇(た)つらむ
蜩(かなかな)の啼出でてわが書残(かきさし)のインキの跡のさびしき夜明
おもひいでてなれ自(みづから)をまもらむとするはかなさのいかにつづかむ
『旅愁』について
第1歌集。作者25歳時。新潟県出身。昭和32年に歿(68歳)。相馬御風らに影響を受け文学を志す。教員を退職して明治38年に上京し巌谷小波に師事。晩年は病気がちで貧しい生活を強いられ不遇であった。破調にこだわりがあり、前半は快調なのだが、後半は「汝」が頻出し、気持ちの表出がやや自己憐憫に流れているかのようにも読めた。破調は恐い、余りに多用すると五七五七七に戻れなくなる、というのがこの歌集から学んだことである。
【参考・引用文献】 『現代短歌全集』第二巻 筑摩書房(1980)
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*『桐の花』は八雁短歌読書室で扱っているので割愛しました。