Karikomu

「かりこむ」は、八雁短歌会員を基とした短歌を学ぶ場です。

本日の一首

夕暮れの光の海に幾重にも漣広げ船すすみゆく

 斉藤政夫(「八雁」会員)

 阿木津英選 一位  互選六点

  平成二十四年 九月八日・九日 第一回八雁短歌会全国大会 in 北九州 ( *参加者75名)

 2020年11月のある日、斉藤政夫氏よりメールにて「さて、私、疲れたので・・・・・・」と「八雁」を退会する旨の連絡が来た。驚いた。何に驚いたのかというと、斉藤氏が「疲れた」と率直に仰ったことにである。斉藤氏は組織の中で、独特な振る舞いや動き方をしながら、その高いスキルで、「八雁」の編集作業の縁の下の力持ちとして存在感を放っていた。作歌をしていない時期も歌集を読み歌論を誰に見せることも無く書かれていた。斉藤氏は熱い心をもった人であったが、作り笑いをする人ではない。他人様からどう思われようが、徹底して自分の意見や役割を、正確さと責任感を曲げずに終始、自己完結した姿勢を貫き通した。       

 私と斉藤氏の接点は、斉藤氏が作成してくださった、インターネット掲示板「はなぶさむら」(*2020年11月をもって終了・閲覧可)にある。なかなか閲覧率の上がらない掲示板での掛け合いは、この2020年をもってついに思い出になってしまった。上記の歌は、「第一回八雁全国大会」時の阿木津選一位の歌である。逐語訳をすると「夕方の夕日の光のあたる海に幾重にも、さざ波を立てさざ波を広げて船は進んで行く」となる。一見、誰しもが詠えそうに思えた歌であるが、随所に斉藤氏の気配りが感じられる。「光の海」や、「すすすみゆく」(「すすむ」だけでなく「すすみ『ゆく』」)のだ。夕暮れの海は、とても切ない。そして、刻々と変化する。そこに、すすみゆく船とあり、夕暮れの景色の物悲しさをただ詠うのではなく、その中に、もう一つ、前へ前へ向かう動きを詠みこんだ、斉藤氏の意思を感じる。私は作り笑いをして来た人間である。相反して、作り笑いをされては疲れてきた人間でもある。であるならば、私自身が変わろう。「疲れた」と言える人間になろう。そして、それでも他人様の信頼が得られる様に努めよう。進んでいる船を眺めているだけではなく、前に進んで行くその意識を持って行きたい。歌友、斉藤政夫氏へ、この上ない敬愛をもって、感謝の気持ちと共に、ここに記す。

 <参考文献>  

八雁短歌会非公式掲示『はなぶさむら』

http://hanabusamura.bbs.fc2.com/