Karikomu

「かりこむ」は、八雁短歌会員を基とした短歌を学ぶ場です。

本日の一首 ー 石田比呂志 『石田比呂志全歌集』

不可思議のひとつ起こらぬこの道を勤めに出づるあしたあしたを

 石田比呂志石田比呂志全歌集』砂子屋書房(2001)p78

 ある時、先達に「歌の安定性」について尋ねた。「歌の安定性とは?」と問い返され、「どのような時でも、歌として成立する水準の作歌力を持ち得ること」と答えた。すかさず、「歌で愚痴を詠わない事」と仰せられ、その簡潔で的確な言葉はそのまますとんと腹に落ちた。その通りである。誰だって毎日、良いことも嫌なこともある。嫌な事の掃き溜め口が短歌になってしまいそうになる。だけれども、問題は「嫌な事の掃き溜め口が短歌になって」しまうことではない。「嫌な事」を如何に「歌」として微かな美を放つように表現出来るかにあると私は思う。掲出歌は、朝の通勤の道。何か、鬱屈したやるせない気持ちが伝わって来る。しかし、この歌からは、その退屈した虚無感が続く毎朝の通勤を、「不可思議のひとつ起こらぬ」と言い換えることで、見事な、目が覚めるような、「視点」により、読者に豊かな何かをもたらしている。毎朝の同じ経路の通勤なんて疲れるばかりで歌にもならない、と私はかつて思っていた。その程度の水準で物事を見ていた。どの角度で、今ある現実を、今ある喜怒哀楽を、歌にするか。まだまだ先は長い。ならば、見える景色が美しくなるように、そう見えるように、五七五七七の力を借り、日常を見つめる鍛錬を始めよう。