Karikomu

「かりこむ」は、八雁短歌会員を基とした短歌を学ぶ場です。

現実を貫く力を…2(八雁・石川亞弓)

 前回、石川亞弓さんの歌、

  戦争だ敵だとすぐにいいたがるこれだから男ってやつは

 について、「生産性のない愚痴のようなところが、疵になっている」と書いたのだが、自分の中でもう少しはっきりと言葉にしておきたい。

 

 私が最初にこの歌をいいと思ったのは上の句の部分であった。

 「戦争だ敵だとすぐにいいたがる」でパッと浮かんだのはアメリカ合衆国前大統領、ドナルド・トランプ氏。アメリカ第一主義を掲げ、コロナウイルス感染症については中国の陰謀説を唱えたこともあった。対立する存在を徹底して攻撃する姿勢は、大切な場面もあるかもしれない。でも…と私はいつも考えてしまうのだった。「自分の利益を守ることが第一だ。対立するものは敵である、戦って打ち勝たなければならない。」そうかもしれないけれど…本当にそれでいいのだろうか。

 誰のことを想起するかは読者に委ねられている。一緒に合評を担当していた足立さんは職場を想定していたが、職場に置き換えてももちろん何の問題もない。ただ、職場のことと解釈した場合、歌のスケールが小さく、痩せたものになってしまう。結局、上の句が何について言っているのか確定しない。これはウイークポイントになるだろう。 

 さらにまずいのは下の句である。「これだから男ってやつは」という言い方が男性を一般化するのは事実だ。物事を二項対立的に捉え、対立や分断を招く思想を批判したいのだとしたら、その特性を男性/女性という二項対立でとらえてはいけなかった。いくら怒りが大きかったとしても、この言葉はブーメランのごとく自分に返ってきてしまう。この歌のいわんとしていることはわかるし、そういう現実はあるだろう。しかし「いやいや、僕は戦争は嫌いだ。心外だな」とか「俺には関係ない」と思われてしまったら、男性の心に刺さることはなくなってしまう。ちゃんと、男性の心に届けなければならない。そこが、愚痴っぽくなってしまう原因だろう。

 

 これからは多様性の時代だ。例えば、戦争だ、敵だ、という話になったとして、男性ばかりの均一な集団内で議論をしては恐らく過去の過ちを繰り返すことになるだろう。その議論において、忘れ去られるもの、抜け落ちるものがたくさんある。構成メンバーにマイノリティ(女性やハンディキャップを持った人etc…)がいたら、果たして、導かれる結論は同じだろうか。

 そういう人で構成される会議は長引くし、まとまらない。難しい選択を迫られる場面も生じる。結論ありきで議論する気のない人たち、昇進や利権、金銭が最も大切な人たちにとっては面倒以外の何物でもないだろうが、国際問題にしろ環境問題にしろ、公衆衛生の問題にしろ、もう、そういった目先のことにとらわれていては取り返しのつかない段階に、世界は足を踏み入れている。

 

 今日は毎日新聞BBC News Japan等で、李文亮医師(33)の命日を取り上げていた。2019年12月に中国・武漢で原因不明の肺炎が広がっているとソーシャルメディアでいち早く警鐘を鳴らし、警察から処分され、自らも新型コロナウイルスに感染して亡くなった方である。李医師は生前、「健全な社会は1種類の声だけになるべきではない」と述べていた。自由に発言できる世界になってほしい。そして日本においては、性別によってその発言の比重が意図的にゆがめられないでほしい。そんなことを思った。