Karikomu

「かりこむ」は、八雁短歌会員を基とした短歌を学ぶ場です。

第七十六回 『春の反逆』岩谷莫哀

第七十六回 『春の反逆』岩谷莫哀(大正四年)
<選歌六首>(全四ニ三首より)

帽子をかぶりいそいそとして家を出でぬさていづかたへ足をはこばむ

何となう心うれしきこの寝ざめ春は障子をおとづれにけり

みづからにつらくあたりて見むかともふと思ひけり蟬啼く八月

日の暮るるを待つよりほかに事もなき命を蟬と共に歌はむ

西日さすわが六畳に迷ひ入り迷ひ出でたる蟬のあはれさ

握りつめしこの拳をばいづかたに開かむものか吾は世に出づ

 〈メモ・感想〉

 独居であり、無職である、私にあるものは、時間である。意識して用事を探さねば、退屈で気後れしそうな、時の刻み方をもたらす。何もしなくても、時間が過ぎて行く、それだけでも、息苦しく感じる。そんな時、この『現代短歌全集』を開くことで、救われたことは少なくない。古典の言葉遣いの美しさに感動する。昔も今も変わらない気持ちがある事に、本当に、救われる思いがするのだ。辛くても辛くても、感動が一日一度あれば、生きていかれる。まだまだ、全集は続いていく。まだまだ、生きていかれそうである。

【参考・引用文献】 『現代短歌全集』第三巻  筑摩書房(1980)