Karikomu

「かりこむ」は、八雁短歌会員を基とした短歌を学ぶ場です。

本日の一首

手相見の前に未来の在りし日や 鏡に春の口紅をひく

  八雁会員O氏『現代短歌』No.83(2021)現代短歌社 p128 

 

<メモ・感想> 

  八雁会員O氏の歌である。読者歌壇にて久々湊盈子氏の特選に入っていた。歌評には「一字あけたところがミソで、作者は口紅を引いて鏡の中の現実をしかと見つめているのです。」とある。  私の逐語訳は、「手相占いの前に腰かけ未来を占ってもらい夢を見たことがあったなあ、でも、老いた私は、もうその様なことには、騙されません、信じません。」という、毅然とした女性を想定したものであった。しかし、久々湊氏の解釈を辿ってみれば、「夢、未来、希望、もうその大半が過ぎて、今ここに居る自分を受け止めていかざるを得ない気持ち。過ぎて来た時間よりこれからの時間が少ない、何十年も経って今の現実を鏡の中に見ている私。」と解釈出来る。

  歌の胆は下の句の「 春の(口紅)」 にある。かつては、道端の手相見の一言二言に一喜一憂した若かりし頃の「春」、とは異なり、「春」のもたらす心の弾みを、どこか沈静しながら、口紅を引く作者。作者はあくまでも女であり、現実を射抜いて、あるいは、射抜かされて、鏡の中の己と対峙し続けて来たのであろう。女であることを諦めるな。しっかり老いを重ね、目を反らすな。そうして、最後まで「人間」として自信を持って生きよ。作者に、ぴしゃんと背を正される思いがした。