短歌覚書(工藤貴響『八雁』)
かなしみの向こう側なる冬空に機体は白きひかりを走らす
工藤 貴響『八雁』2021年1月号
【逐語訳】
かなしみの向こう側にある冬空に機体は白いひかりを走らせる
【鑑賞】
かなしみがあって、その向こう側に冬空がある。晴れているのだろう、そこにきらりとひかるのは、飛行機の機体である。遥か遠くに心惹かれて、空のうんと向こうまで意識を飛ばしている感じがある。その心の動きのおおもとにはかなしみが存在しているようだ。具体的になぜ悲しいのか、何があったのかは語られないが、ひょっとしたら作者自身にもわからない悲しみなのかもしれない。ここは具体的にしなくていい部分であり、読者が勘繰る必要もない。それはかなしみであって、それ以上でもそれ以下でもない。理由もなく、ただなんとなく、悲しい気持ち。なんだかわかる気がする。
【疑問&アンサー】
結句「ひかりを走らす」の「を」がなぜ必要なのだろう。
「を」があると、省略のない正しい言葉遣いで、一首が丁寧な印象になる。この作品については音読しても「を」が歌の流れを阻害せず、全体としてアンニュイな雰囲気を纏うような気がする。
「を」を取ると、歌が定型にきっちり収まる。ただ、この歌について「を」取って歌を音読すると5・7・5・7・7と歌がブツ切れになってくる感じはする。盆踊り風といおうか、テンポが優先して、歌の内実に合わないような。
今後も定型と調べについて考察を続けたい。