Karikomu

「かりこむ」は、八雁短歌会員を基とした短歌を学ぶ場です。

八雁10首選(2021年1月号)

2021年1月号の八雁から十首選んで覚書。

 

婚前のあの日義母よりわたされし黒水牛の印鑑は岡 (岡由美子)

 結婚前に、新姓の黒水牛の印鑑を義母からもらうということの意味するところ、言外のメッセージがひしひしと伝わってきた。

 

風わたる外階段のつづら折り打ちては展ばすごとき足音 (遠藤知恵子)

 「打ちては展ばすごとき足音」に、金属でできた階段をカツンカツンと登っていく様子がよく表現されており、心惹かれた。上の句も言い得ていて、どのような階段なのかがきちんと伝わる。

 

洗濯機の暗い水音聞いている必ず老いてゆく身体もち (千倉由穂)

 「暗い水音聞いている」に惹かれた。自分の生命、老いといったものを予感していることを、水音と取り合わせたところがよかった。洗濯機を覗き込みながら、自分の未来について考えているのだろう。

 

意識なき妻といふとも生きをればけふ金婚の日を迎えたり (中井康雄)

 意識がなくても、生きていてくれさえすれば夫婦でいられるという夫の思いが胸に迫った。連れ添う相手との時間を一日いちにち過ごし、金婚の日を迎えた実感。妻にも「今日は結婚記念日だね。50年経ったんだよ」と語り掛けていることだろう。

 

大嵐ひと夜荒れたる川の面はいたくやつれて芥をながす (中村有為子)

 大嵐が一晩荒れ狂った翌朝の川の表情を「いたくやつれて」と比喩したところ、強くひかれた。

 

地下街をのぼり出ずれば秋日和にごる斜光の中を人行く (松岡晧二)

 この歌が、今回の八雁の中で最も好きだった。地下街から地上に出た時の、道行く人々の光景。よく描写されている。秋の日は斜光、少し昼を過ぎて傾いていて、濁ったような温かく黄味がかったような色をしているだろう。その中をゆく人々が、なにか光に溶け込んで蒸発してしまいそうな、非現実めいた現実の美しい光景を感じた。

 

文明を興しし民のすゑの子ら瓦礫のなかにVサイン見す (井上克征)

 中東あたりで起きた戦乱だろうか。あるいは震災の可能性もゼロではない。いずれにしろ、子どもたちは瓦礫のなかにいる。これから一歩ずつ生活をやり直していくのだろう。写真にVサインをして映る姿は、ゼロから文明を興した人々の末裔たる力強さ、根強さを持っているように感じられたのだ。

 

松の葉の積もるが上を踏む足に柔らかき温み伝わりてくる (島田達巳)

 とても気持ちのいい歌。落ち葉を「松の葉」と具体的に詠んだことによって足裏の感覚が読者である私にも心地よくリアリティをもって伝わってきた。

 

どこまでも群青なればべりべりと空を剥がしてみたいこころは (佐藤邦子)

 下の句にいかなければ「群青」が空だとはわからない。わからない状態で「べりべりと」いう破壊衝動を読んでいくのが楽しい。結びを「こころは」としたところ、とても素敵だと感じた。