Karikomu

「かりこむ」は、八雁短歌会員を基とした短歌を学ぶ場です。

本日の一首 ー 大川智子

旧姓をペンネーム欄に記しゆく偽りのなきわたしの名前

 大川智子『八雁』(2021年・5月号) p26

<メモ・感想>

この歌を初めて拝読した時、「偽りのなき」の意味が分からず、しばらく、そのままにしてしまっていた。「旧姓」=「偽りない自分の名前」という事は、「現在の新たな姓」=「偽りの自分の名前」、なのかとまで曲解し、それでも、「偽りのなき」の意味が、分からなかった。そして、数日が経ち、読み直してふと、光景が見えた気がした。婚前の自身の名前を書く。しかし、それはもはや「実名」ではない。自分の旧姓を書ける場所の一つに「ペンネーム」欄がある、その、もの悲しさ。生まれて生きてきて、何度も呼ばれ続けてきた姓が変わる。変わった途端に、旧姓を書く場がたちまち減り、自分で考えたあだ名や雅号では決して無いのに、実名欄には書けず、ペンネームと同じ扱いになってしまう、その、虚無感。それを、作者は述べたかったのではないか。そうであれば、この「偽りのなき」という言葉の、重みと深さに驚嘆する。