本日の一首 ー前川緑(六)
匂ひなき何の花かもからからと夏の終りの畑に吹かるる
ものの終りはかくあるべしや八月の土用波立つ海のはろけさ
『卵の殻』
なにものに追ひ立てらるる身か知らず水を覗けば棲む生きものら
ふきちぎられし小枝のごとくふるへつつこの世の路に女はありしか
『箱根』
うろうろと北より風の吹き來るをたのみがたくも樹もゆれて居り
この年の四月はゆきぬわが窓ゆ吹き入る風になやみなきごと
ゆふべ黒き翼をたたむ鳥ほどもわがふるまへず何にあらがふ
おろかしく過ぎゆく日々を歎かへど小笹にまじり桔梗ゆれつつ
『観覧車』
前川緑『現代短歌文庫』砂子屋書房 (2009)
<メモ・感想>
自然と対話している。私の当初の前川緑の歌への歌評はそこを起点にしたものであった。けれども、今回の掲出歌を拝読し、自然を纏った歌、自然を纏った感覚のまま詠い詠える歌人に出会った気がしている。そして、それは、どの様な崇高さとも比べる訳にはいかない唯一無二の特性だと思える。彼女の心の中は決してしんとした静けさだけではない、随分と内気な内面が外界に触れる時、焔が微かに立つ。それが、前川緑の歌を歌として成り立たせている力動だと思われた。
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*当面の間、月曜日・木曜日を目処とした週二回の更新になります。何卒宜しくお願い申し上げます。