Karikomu

「かりこむ」は、八雁短歌会員を基とした短歌を学ぶ場です。

本日の一首 ー 『現代短歌 第77号』ー「短歌にとって悪とは何か」を読んで

 『現代短歌』(77号)を拝読した。題は「短歌にとって悪とは何か」である。この特集の冒頭に掲載されていた、吉田隼人氏の「欠損と沈黙」p26-31について記す。

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 吉田隼人氏は、「沈黙ー二重の罪」、「欠損ー否定態の花」、「フェリックス・クルパ!—幸いなるかな罪を」、「空間の天使的共有(パルタージュ)」と章立てしている。難解なので、前者二章を中心に理解を進めていく。

 まず、第一章「沈黙-二重の罪」の要約を試みる。吉田氏は、ジョルジュ・バタイユモーリス・ブランショ論を引用し、述べている。沈黙を語ること、言語において沈黙をあらわそうとするのは、「言語に対する犯罪」と「沈黙そのものに対する犯罪」の二重の犯罪である。

 「言語に対する犯罪」とは、沈黙という語を、声に出す、紙に書く、その時点でそれは既に厳密な沈黙ではありえない。「沈黙という語そのものが既に一個の音である」。それでもなお、「何ごとかを語る」ことから言葉を解放する。意味への従属、伝達への従属から言葉を解放すること。それは、ジョルジュ・バタイユにおいて「詩(poesie)」と呼ばれ、ポエジーは何かから切り離されてあることを語るべく「望まれた沈黙」であり、語を生贄に捧げる「供犠(sacrifice)」である点において、ポエジーはインモラルである。

 「沈黙そのものに対する犯罪」とは、言語において厳密な意味での沈黙は不可能であるかも知れなかった。それでもなお、言語はいかにして沈黙するのか。バタイユは、それを生における死のあらわれ、存在の不在に重ね、「(言語の)不定形(informe)」のかたちーかたちなきかたちーをとってあらわれる。

 次に、第二章「欠損ー否定態の花」を要約する。悪を何らかの欠損、不足ないし過剰とみるのはさして物珍しい考えでもあるまい。バタイユの『文学と悪』の原題に使われている「mal」という語は、何らかの病気や不調全般を指す物言いであり、ボードレールの『悪の花』もまた「mal」が原題にあり、そこに花開くのは何らかの病気、何らかの不調であり、沈黙や不在とも通じる否定態なのである。そうした欠損とは、すなわち、ゴッホが耳を切り落とした「供犠的身体毀損」などの、人体の意志的な欠損に結ばれる。

 短歌において、身体部位の「欠落」について、浜田到の歌を引き、その「欠落」がむしろ高次の全体性の回復という「恩寵」へと至るべき必然の道である、と説いたのが菱川善夫氏であった(「浜田到論 欠落の恩寵」『現代短歌 人と作品』八一頁)。 

 以上を踏まえて、吉田氏の述べていることを追記する。

   空間において、ある身体の欠損が露わになると、何らかのより高次の恩寵によって満たされることが期待されるような空虚さが持続する。浜田到氏の作品を論ずるとき、その大胆な破調は恐らく「時間」への抵抗という視点から読み解かれなくてはならない。定型は彼(浜田氏)にとってあくまで抵抗であり、文字通り「型」なのであり、自由詩とは別の、より根源的なかたちでの言語の空間性を(短歌において)実現させるべきものであった。ゆえにその作品世界では、時間に依拠する発話ではなしに「沈黙」こそが持続性の担い手となり、空間はより大いなる恩寵によって満たされる日のために、あちこちで欠損を露わにしながら、空虚の中に沈黙しているのである。そして、どこかでその恩寵が決して来たらぬことを既に知ってしまっていること。もしかすると、それこそが現代において最大の「悪」であるのではないか。

 最後に私見を述べたい。私なりの精一杯の解釈として、吉田氏の見解は、沈黙も欠損も、現代の短歌の作り人の好き放題に定型は扱われ、更には、恩寵を期待する程の熱量もなく、それらが、あちらこちらに放置されたままである、という意味に捉えた。そうでなければ、悪ではない。

 私は、この寄稿を拝読した時に、もっとフラットな体験をベースに読み進めていた。一つは、遠藤周作氏の「神よ、あなたはなぜ、黙っておられるのですか」という『沈黙』の一行と、もう一つは、自分の歌で「忘れられそう」という言葉を用いた際に、「『忘れられそう』と言葉にした時点で、忘れられないのではないか」という指摘を受け、(言葉に出来ない、自分の感覚や思いを言葉で表現しきれない)「欠落」を感じたことである。

 私は、どこまで破調をしても、必ず、五七五七七に戻って来られる様に、進んで参りたい。

 なぜか。

 それは、五七五七七は、やはり、美しいからである。

 

<引用・参考文献>               

 『現代短歌』現代短歌社 (2020・3月号) 

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