Karikomu

「かりこむ」は、八雁短歌会員を基とした短歌を学ぶ場です。

本日の一首 ー 福永武彦

病院の待合室に待ち侘びてさまざまの音を聞き分けてをり

咳すれば暗き伽藍にとよもせる音は五体にひびかひやまず

                  福永武彦

 ちょっとしたことで、この本を手にした。「福永武彦」。間違いなく、私の大好きな作家の名が目次にあった。『忘却の河』新潮社 (1964)を読んだ時の衝撃を思い出した。あれから、二十年は確実に経っている。それでも、その時の皮膚感覚は身体が覚えていた。

 掲出歌は、二首ともに病院や病気を詠ったものである。一首目は素直な歌、二首目は少々、短歌に通じるようになった気配を感じる歌である。どちらにしても、「聞き分け」、「ひびかひやまず」など、動詞によって、歌の筋が通っていると考えられた。

 福永氏は、死の二年前、歌句集『夢百首 雑百首』(中央公論社)を刊行している。

 この時代は、作家であろうが歌人であろうが、文学は文学として、力を持っていた。

 文学に生き、文学に病み、文学に落ち、それくらいの切迫感が日常の傍にあった。

 それが、当たり前であった時代。小説も書き、歌集にも挑んだという点に、私自身は、晴れ晴れしさを覚えた。

 何の為の、短歌なのか。

 小説でも短歌でも何でも、読みたいから読み書きたいから書く。それだけの事である。

 そうしていいのだという、「勇気」を頂いた。けれどもそれは、一昔前には、当たり前の事だったのだと、自戒している。

  

【参考・引用文献】

  塩川治子『歌人番外列伝 異色歌人逍遥』短歌研究社(2020)

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

*当面の間、月曜日・木曜日を目処とした週二回の更新になります。何卒宜しくお願い申し上げます。