Karikomu

「かりこむ」は、八雁短歌会員を基とした短歌を学ぶ場です。

本日の一首ー正岡子規

明治十八年

    壬午の夏三並うしの都にゆくを送りて

    伝へきく蝦夷の深山の奥ならてさけんかたなしけふのあつさは

     逐語訳:伝え聞いている北方の深い山奥にありて避ける方法はない今日の暑さは

  

     忍恋

    明くれにこひぬ日もなし玉の緒のたえねばたえぬ思ひなるらん

     逐語訳:明け方に恋焦がれない日は無い命が途絶えなければ途絶えない思いなのだろう

 

明治十九年

     柵飛を見て

    しがらみを早くこえこえすすむ也世のさまたげもこえてゆかまし

     逐語訳:しがらみを早く越えて越えてすすんでいる、世の妨げも超えてゆきたい

 

 上記三首は、正岡子規の初期の歌である。正岡子規は、『万葉集』を手本とした客観的写実主義の立場をとった。それ以前の『再び歌よみに与ふる書』(1898)に、「貫之は下手な歌よみにて古今集はくだらぬ集に有之候。其貫之や古今集を崇拝するは誠に気の知れぬことなどと申すものゝ実は斯く申す生も数年前迄は古今集崇拝の一人にて候ひしかば今日世人が古今集を崇拝する気味合は能く存申候。」と記している。古今集』を軽視したのであるが、上記の明治十八年の二首目は、下記の『新古今和歌集』より本歌取りをしていると思われる。

 

玉の緒よ絶えねば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする

 現代語訳:(私の)命よ、絶えるのならば絶えてしまえ。このまま長く生きていれば、耐え忍 ぶ力が弱って(心に秘めた恋がばれて)しまいそうだから。

  式子内親王   新古今和歌集に収録・小倉百人一首九十六番

 

正岡子規は、よっぽどの勉強家だったように思われる。勉学に勉学を重ね、「知識」の力を駆使し、五七五七七に己の見たもの聞いたものを注ぎ込む。それが、一首一首に、「響きの良さ」をもたらす。感性より知が先であるとも言えるが、それを超える韻律の扱いは、常人の努力とは到底及ばないものであろう。

 

<引用・参考文献>

https://manapedia.jp/text/1789

https://www.aozora.gr.jp/cards/000305/files/42350_15960.html

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