Karikomu

「かりこむ」は、八雁短歌会員を基とした短歌を学ぶ場です。

本日の一首 ー 工藤貴響(『角川短歌 (2021年11月号)-第67回 角川短歌賞発表』)

 角川短歌賞の次席(受賞該当作なし)に、工藤貴響さんが選ばれた。ここ半年の「八雁」でも、盤石な歌の力を感じ、一体、どうしたらこんなに成長できるのだろうと思っていたところの、吉報であった。

 もっと早くに、この事を書きたかったのだが、選考座談会にやや悶々とする気持ちを持ち、読み返すのが億劫になってしまい、今になった。

 五十首の内の打率、既視感の有無、技巧、幼い歌の有無、などが、一つの確認事項になっていると、私には思えた。

 その上で、今回の工藤さんの五十首をどう述べたら良いのか。

 そして、もしかしたら、工藤さんは「勝負師」的な側面を備えているのかも知れないと思い至った。ここぞという本番に自分の納得する力を発揮する。

 下記、遡るところ、五年前、「八雁」にて初めての「第一回 八雁短歌賞」を受賞したのが工藤さんだった。とある集いの場で、ご本人は「とても、驚いています。というのは、僕は(冊子「八雁」の)選歌でも最後に、一、二首しか載らないからです」と仰った。

 八雁短歌賞の件は、下記のサイトを引用しているので、資料としてご覧頂きたい。

 私が思うに、工藤さんの歌は「失点」が少ない。少なくなった。歌が上手くなった背景には、出詠数の多さは確かにあるだろう。たくさん作歌する過程で、打率が上がって行く。あるいは、上がるまで作歌する。そして、今の位置を踏み固めたように思う。一方で、どこか一つが惜しいと言えるならば、それは「挑戦的」、あるいは「実験的」な歌、作者の感情が作品からはみ出している様な、熱量、勢いをセーブして、安定感を得たようにも思う。

 でも、確実に力を得た。

 それで、十分なのだろう。

 一首、一首、全てが「作品」となっている。

 ただ、共感できたかと言えば、私が共感したのは、

 フランス語の寝言いいしと伝えくるひとはもうなく白む朝窓

のみであった。

 その他の歌は、若干、私には、読み手の思考回路を外側から塞ぐように言い包められた表現を感じるものもあった。

 つっかけのサンダル履いて出るようにきみの機体は飛び立ちゆけり

 万神殿(パンテオン)目路にとらえて大いなる鞭の撓えるごとき坂ゆく

 この二首は、作者の主観に傾いた比喩であり、面白そうではあるが、自己完結していると私は捉えた。つまり、詠いたい事にそって言葉を用意しているうちに、言葉が気持ちを上回ったのではと、感じた。

 私の経験不足なのだろうとも思っている。

 工藤貴響様へは、祝辞より先に、「本当に、有り難うございます」と申し上げたい。

 本当に、有り難うございます。

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「第一回八雁 八雁短歌賞」(2016年)

受賞作 

      麦の一粒         工藤 貴響

両(もろ)の手に包む蓮(はちす)のやわらかき蕾は肉のごとくに緊まる

蓮池の夕闇せまるそのまなか閉じ遅れたる一輪が見ゆ

お互いの親のことなど話しつつ樺太シシャモの銀(しろがね)食い

大きかばん肩より提げて階段の夏の日差しを降りゆく君は

〈文学〉の名称のこる大学へ移り入りゆく而立のすぎて

絶ちゆきし生あんのんとわが裡に住まえるごとしこの七年は

地に落ちて死なざる麦の一粒のごとくに床(ゆか)にからだ伸べたり

道のべの蔓草ひと群吹きあぐる地下より生るるぬるき空気は

熱かえす舗装路の上に散りぼえる百日紅の花くるしくないのか

素麺の束投げられし鍋のなか湧き来る白き湯をおそれたり

身近な場所からグローバル化した現代の深刻な問題に触れる若者らしい抒情歌。

                          阿木津 英 評

 

文学として意識的に自分の世界を創っていこうという意欲を感じさせる作品である。

                        高橋 則子 評

 

全体として高水準の作品を揃え、さらに発展の可能性が感じられることから、確信をもって一位に推した

                      島田 幸典 評


十月からフランスの大学院に通うという工藤貴響。「受賞のことば」には「日本語から離れるタイミングで八雁賞をいただいたのも、短歌との縁かもしれません」と綴られている。

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〈引用・参考文献〉

『角川短歌』(2021年11月号)

「八雁」(2016年11月号)p4-7

創刊五周年第三〇号記念八雁賞受賞作 「麦の一粒」 工藤 貴響: 暦日夕焼け通信 (cocolog-nifty.com)

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*当面の間、月曜日・木曜日を目処とした週二回の更新になります。何卒宜しくお願い申し上げます。

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