本日の一首 ー 川野芽生
ブラインドに切り裂かれつつ落つるとき冬日も長き睫毛伏せをり
記憶とは泥濘(ぬかるみ) 気泡はきながら紅茶のうづへ檸檬が沈む
たくさんの名前が出ては消えてゆく手紙に封を 薄紅の封
夢ぬちに橋のやうなるもの踏みき春とわが蹄とほのひかる
友人のすべてを置いて乗るためのバスが古城をまはつて来たり
春嵐。からだにまとふありとあるりぼんが片つ端から解(ほど)け
川野芽生 『Lilith(リリス)』(2020)書肆肆侃侃房
帯の二首を目にしただけで、とんでもない歌集だと思った。手元に置いておくには、感じる熱量が群を抜いていて、気になって仕様がない。こんなにも飛んだ比喩であるのに、見事に着地点を読み手に提示している歌々。やや若さを感じさせる以外に、隙のない歌集である。感性、才質共に、作者のこれからを追いかけるしか、私に出来ることは無い。著者の絶対的な孤独の領域を思う時、私は私なりにしか努力が出来ないのだと思わせられる。棲む世界が違うと言いたくなるが、今、ここに有る、この歌集への「未練」を大事にしたい。