Karikomu

「かりこむ」は、八雁短歌会員を基とした短歌を学ぶ場です。

本日の一首 ー 黒瀬珂瀾『ひかりの針がうたふ』

手に取れば冑蟹(かぶとがに)は身を反らしたり海立つとき吾もをさなし

見え難き世界の罅をさぐるごと妻はテープの切れ口さがす

眠りゐる妻と児を部屋に鎖(とざ)したる昧爽の鍵にぶく光るも

やよひはやくも花ちりそむを助言など無視せよといふ助言たまはる

妻と児を待つ交差点 孕みえぬ男たること申し訳なし

 黒瀬珂瀾『ひかりの針がうたふ』(2021)書肆侃侃房 

<メモ・感想>

著者は男性であり、一児の父親である自分、父親となった自分を主なテーマとして、詠われている。そこには、子どもを孕むことの出来ない男の性、母親と子の絆をも、分かり得ながら、動かしがたいものに畏怖を感じている父親の特性、父親の孤独が伝わって来る。昨今は、ジェンダーに焦点を当てた物事、出来事が注視されている状勢にある。ここで私自身が常日頃思うのは、「産まない女性」、「産めない女性」の気持ちを汲み取るまでに至らないまま、男女の性差への平等を意見交換することへの違和感、疎外感である。私は、四十三歳の女性であり独り身である。歳の故なのか、私は、「産めない男性」の気持ちを知りたい、出産せずして「(父)親」になっていく一人の人間の成長を知りたい。そういう観点を持って見渡した時、この歌集はその先駆であることを見事に発揮したものだと思い、また、それに続く歌が、もっとあってよいと思っている。