本日の一首ー関口智子
「トモコちゃん」と確かに呼んでくれる人ひとり在りて四十三歳
この歌の読み手が分からないところは、「四十三歳」が作者自身のことを指すのか、それとも、「呼んでくれる人」の年齢なのかが、不明瞭な点である。
推敲段階で、文語にしたり、助動詞、助詞などの置き方を、彼方此方に試したが、何かしっくり来ない。たとえ、結果として実力不足で読み手に伝わらないにせよ、全力で作って駄目ならば、そこに学びがある。にしても、ああでもこうでもない、ひっちゃかめっちゃかになって来る。
そこに、ああ!と思えることが、ぽんっと上がった。「破調でも『三十一文字』におさまっているかどうか」を確認すること。
杖の様に、三十一文字(三十一音)を数えながら、整う様に推敲した。身の丈以上のものは出て来なかったが、全く違う「まとまり」を覚えた。
当たり前のこと、だ。
それでも、自身にとっては、一つの発見、だった。
この様な気付きが出来たことが、嬉しく、有り難い。
歌を愉しみたい。
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*当面の間、月曜日・木曜日を目処とした週二回の更新になります。何卒宜しくお願い申し上げます。
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<完成版・短歌史年表>
まだまだ、見落としがあるかとも思われますが、元会員S藤氏からのご指導やⅠ上氏の査読を頂き、本年表が完成致しました。
ご協力に、感謝申し上げます。
ご連絡を頂ければ、添付差し上げます。ご遠慮なく、お知らせください。
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本日の一首ー正岡子規
明治十八年
壬午の夏三並うしの都にゆくを送りて
伝へきく蝦夷の深山の奥ならてさけんかたなしけふのあつさは
逐語訳:伝え聞いている北方の深い山奥にありて避ける方法はない今日の暑さは
忍恋
明くれにこひぬ日もなし玉の緒のたえねばたえぬ思ひなるらん
逐語訳:明け方に恋焦がれない日は無い命が途絶えなければ途絶えない思いなのだろう
明治十九年
柵飛を見て
しがらみを早くこえこえすすむ也世のさまたげもこえてゆかまし
逐語訳:しがらみを早く越えて越えてすすんでいる、世の妨げも超えてゆきたい
上記三首は、正岡子規の初期の歌である。正岡子規は、『万葉集』を手本とした客観的写実主義の立場をとった。それ以前の『再び歌よみに与ふる書』(1898)に、「貫之は下手な歌よみにて古今集はくだらぬ集に有之候。其貫之や古今集を崇拝するは誠に気の知れぬことなどと申すものゝ実は斯く申す生も数年前迄は古今集崇拝の一人にて候ひしかば今日世人が古今集を崇拝する気味合は能く存申候。」と記している。『古今集』を軽視したのであるが、上記の明治十八年の二首目は、下記の『新古今和歌集』より本歌取りをしていると思われる。
玉の緒よ絶えねば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする
現代語訳:(私の)命よ、絶えるのならば絶えてしまえ。このまま長く生きていれば、耐え忍 ぶ力が弱って(心に秘めた恋がばれて)しまいそうだから。
正岡子規は、よっぽどの勉強家だったように思われる。勉学に勉学を重ね、「知識」の力を駆使し、五七五七七に己の見たもの聞いたものを注ぎ込む。それが、一首一首に、「響きの良さ」をもたらす。感性より知が先であるとも言えるが、それを超える韻律の扱いは、常人の努力とは到底及ばないものであろう。
<引用・参考文献>
https://manapedia.jp/text/1789
https://www.aozora.gr.jp/cards/000305/files/42350_15960.html
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本日の一首ー木俣修『近代短歌の鑑賞と批評』(1985)明治書院木俣修(短歌史年表作成過程より)
短歌史年表の作成途上で、元会員のS藤様より、様々な資料を頂戴した。本日の進捗状況の報告を兼ねて、上記の表を載せる。とは言えども、これは、木俣修著『近代短歌の鑑賞と批評』の「目次」である。目次をまとめるだけでも、時代の流れを捉えられる。有り難い。こちらの資料も、ご入用の際は、お知らせくだされば、添付差し上げます。
短歌史年表の作成は、入り込むほど長期になり出られなくなるので、9月8日(水)の完成をもって完結する、ことに致しました。
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*なお、9月7日(火)は一時、はてなブログのサーバー管理上、機能が停止する可能性があるそうです。
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お詫びです。 <次回の掲載につきまして>
*下記の通りに予定しておりました更新ですが、自身の管理不足により、早くとも、9月3日(金)、4日(土)、5日(日)を目処に延期することに致しました。ページを開けてくださった皆様には、深くお詫び申し上げます。
予防に予防を重ね続けるしかないまま、何をしてもしなくても、心が険しくなる日々を過ごしておりますが、そこに気持ちを流し込まないように気を付けながら、眼鏡を外して、歌に向き合っていける様に努めます。
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Karikomuをご覧いただいている方々へ
いつも、Karikomuをご覧いただき、本当に、有り難うございます。次回の掲載につきまして、「短歌史年表」の仮完成に集中すべく、8月30日(月)に更新することと、致しました。
この様な情勢におきまして、「こういう時こそ芸術です」との恩師からの言葉に、Karikomuを続けていくことへの躊躇いが和らいだところです。
何かしら、誰かに何かを伝えて行く為に言葉を求むる事を、精進して参ります。
末筆ながら、皆様も、伝わる喜びを感じられる毎日であります様。
2021年8月20日
関口智子 拝
本日の一首 ー 谷川電話
とりあえず便器に座ってぼくらしいうんちの仕方から考える
谷川電話 『短歌往来』ながらみ書房(2017)p46
この歌をいかに解釈するか。
解釈:とりあえずとあるのだから、何か、その前後に大事があり、その間に、トイレに行き、便器に座って自分らしい排便の仕方とはどの様なものかを考える。
谷川電話氏の歌に限らず、私自身は2021年現在の「口語短歌」、すなわち、例えば、下記、現代短歌社の『現代短歌 2021年9月号』の特集などを通して、若手の歌を読む時、大事な何かを持たずして、作歌をしているように思われてならない。
特集 Anthology of 60 Tanka Poets born after 1990
・60人による自選10首と最も影響を受けた1首
井上法子/菅原百合絵/坂井ユリ/鈴木ちはね/西村曜
のつちえこ/平井俊/山川築/山下翔/山中千瀬
小原奈実/川野芽生/久石ソナ/三上春海/松尾唯花
睦月都/廣野翔一/水沼朔太郎/山階基/西藤定
貝澤駿一/佐伯紺/榊原紘/佐々木朔/寺井龍哉
中山俊一/阿波野巧也/鈴木加成太/佐藤真美/立花開
道券はな/橋爪志保/浅野大輝/逢坂みずき/牛尾今日子
北村早紀/工藤玲音/中澤詩風/安田茜/海老原愛
川上まなみ/佐原キオ/乾遥香/田村穂隆/中武萌
越田勇俊/中野霞/初谷むい/平出奔/髙良真実
石井大成/岩瀬花恵/狩峰隆希/郡司和斗/神野優菜
浜﨑結花/帷子つらね/杉本茜/雪吉千春/川谷ふじの
それは何なのだろう。端的には、「自分の文体に自覚的であることの欠如」、「五七五七七が受け継がれてきたことへの感謝(リスペクト)の欠如」を感じるのである。けれども、それは、私の主観に過ぎない。一人で悶々とするしかないのだろうか。そう思っていたところ、救世主が現れた。『新潮(1998)』での、大岡信氏、馬場あき子氏、佐佐木幸綱氏の『定型という逆説』(p312)と題された、対談である。
この様なあらすじである。アリゾナの砂漠に大岡信氏が行った時、カメラを持参したが、撮っても撮っても同じ風景ばかりしか写らない。そこで、メモのように旅の間中、短歌を作り続けた。二、三日で百首程。大岡氏はこう言う「情緒は何もない。目がカメラになっているから。しかし、写実でもない。一種の、スナップショット的な、言葉による記録装置という意味で、短歌は非常に便利でした」と。そして、馬場氏は「そういう機能があるからこそ、今、(短歌は)繁栄しているんでしょうね」。大岡氏はさらに、「・・・(略)・・・新しい人がぽっと出てきて、二百万部、三百万部売れる歌集がある。そういう人々の歌を作るやり方は、素人の僕がやったやり方に短歌的な味付けをしていると思う。」これに、佐佐木氏は、「即興歌の話がひとつ。もうひとつは、短歌には、文学じゃない面と文学と地続きになっている面があるということですね」、「文学じゃない短歌の面白さ、そしてそれが日本語の中で生きてきた問題を、きちっと考えたほうがいいかもしれない」。
続きに、対談で、述べられていることを要約する。
明治の四十年代に、「少年」がいっぱい出てくる。若山牧水や石川啄木などはそのチャンピオンだった。彼らは歌の玄人ではない。しかし、彼らの歌が最高だった。一方で、専門家もいてそれが、北原白秋や斎藤茂吉とか専門歌人的な鍛錬をしてきている。その合間を縫って、素人の「少年」がいい歌を作った。<略>短歌の長い歴史は、プロ的な技巧を凝らしたものが栄える時代と、そういうものを知らないぽっと出たものが栄える時代の繰り返しであり、どちらかの方だけにいくと、どうしても行き詰る。
万葉集から学ぶことに、「和歌や俳句は挨拶だった」とある。挨拶の歌の交換を必ずしている時代があった。これは、短い短詩型だからそう出来た。一方で、和歌に対する反逆精神を発揮するという形で、明治15年に『新体詩抄』が生まれた。これは、和歌は短すぎて、思想を語れないというところによるものである。
この「短すぎて思想を語れない」という事は、短歌を詠む、短歌を作る、上で、大変、重要なことだと私自身は思いを深めるようになった。短歌は少なくとも「短歌を『書く』」とは言わない。「書く」よりも「語る」よりも、もっと短く凝縮された時間を掴み取る、表現尽くす。そういうものだと、私は認識している。
現在、私が若手の歌を読む時に、恐いと感じるのは、「挨拶」にならない「一方的な情報」を一首にしているからであろう。挨拶を受けた側は、求めていた情報ではない「挨拶」に面食う。そもそもの挨拶とは、相手と自分の境目に線を引くことでは無く、お互いにお互いを知り得る為のものではなかろうか。そこに、思想を語る文が書かれたものを、最初から突き出されたら、相手は、その場ですぐには解読出来ない。
それでも、一首にその人は顕れる。
幾ら、不安や、不満や、自由や、不自由や、愚痴や、悩みや、弱音や、言えないことがあっても、一首が相手への挨拶にもなり得ると考えた時、自分はどんな短歌を詠む人でありたいか、こう問いかければ、私自身は自分の歌の傲岸さが見えて来ると思える。
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<引用・参考文献>
『現代短歌 2021年9月号』現代短歌社(2021)
『短歌往来』ながらみ書房(2017)p42-73
『新潮 第九十五巻 第一号』(1998)p312
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