Karikomu

「かりこむ」は、八雁短歌会員を基とした短歌を学ぶ場です。

本日の一首 ー 髙橋則子『窓』

遅き日の曇る日くれてわれひとり居るこの部屋に菜の花零る

柔らかき若葉動きて鉛筆を削りつつゐるわが朝の窓

人のなきあとを生きつぎわが胸に残る声音は暗鬱のこゑ

星一つ月をさかりて白雲をさかりかがやく風のすずしさ

わが顔に似合はぬ帽子いつかはとおもひ思ひて今日わが捨てつ

今日ひと日こころ乱れて空想のとめどもあらず 窓を開けたり

 髙橋則子『窓』(2021)現代短歌社 

<メモ・感想>

「うたとは何かー。みずからにそう問わない日はなかった。」という帯が、胸に突き刺さる。啓示的に「覚悟してこの歌集を開け」という入り口のように思えた。私は出不精なのでほぼ外界は「窓の向こう」という日常を過ごしている。だからであろうか。『窓』というタイトルにぞくっとした。そして、著者も同じく『窓』の内側に居ることが日常であり、窓を開けることが外界へ触れる意味を成している生活を送っている。ひとりの部屋に灰色の曇りの日、黄色い菜の花のはなびらが落ちる。ある朝は、若葉が揺らめきて鉛筆を削る清々しい一日の始まりを迎える。部屋の中では、自己に対峙し、憧れのこもった帽子を誰に相談するともなしに捨てる。窓を開け、外に出てみれば、著者は音や空気を機敏に感じ、深く歌の言葉に換える。ある日は、一日中、室内で空想に耽け、窓を開けて酔いを醒ます。美しい日常の過ごし方。そして、それを一首に深々と下ろしていく力。静かに人目につかない著者の部屋にて、どれほどの鍛錬を積まれたことか。そして、こう思えた。「うたとは何かー。」その問いの答えはこの歌集には無く、著者の心の中に連綿と続いていくものなのだと。