Karikomu

「かりこむ」は、八雁短歌会員を基とした短歌を学ぶ場です。

関口

本日の一首 ー 小野葉桜

森(しん)として寝静まりたる下町の家並をかぞへ行きかへるかな 久しぶりの雨の音聴き秋の朝の疲れ心をぢっと伏し居り 夕曇るおほわたつみの静けさよゆるき傾斜地(なぞへ)に蕎麦の花咲き 小野葉桜 『悲しき矛盾 小野葉桜遺稿歌集』(1987)ふるさと双書 若…

本日の一首

派手派手のスパンコールのマスクして友とはしゃぎ行く中華街 第八十八回 八雁横浜歌会(2021年1月24日) 関口智子 言葉にならない程の意義深い大目玉を喰らった私自身の歌である。阿木津英氏はこの歌に関して、「凄く嫌な感じが残る」、「目立ちたいという心…

本日の一首 ー 川野芽生

ブラインドに切り裂かれつつ落つるとき冬日も長き睫毛伏せをり 記憶とは泥濘(ぬかるみ) 気泡はきながら紅茶のうづへ檸檬が沈む たくさんの名前が出ては消えてゆく手紙に封を 薄紅の封 夢ぬちに橋のやうなるもの踏みき春とわが蹄とほのひかる 友人のすべて…

本日の一首 ー 田宮智美

階段をゆっくりあがってゆく恋だ来週たぶん鎖骨にさわる 助手席のシートを直す 足の長い誰かの座った季節を直す 喧嘩したこともないのに仲直りしたいと思う線香花火 可愛いとわたしに言ったことなどもなかったように結婚する人 「たすけて」を「大丈夫!」に…

本日の一首 ー 岡井隆

ヨハン・セバスチャン・バッハの小川暮れゆきて水の響きの高まるところだ にがにがしい結末であるがしかれどもそれに傘などかりてはならぬ 宴(うたげ)には加はるがいいしかしその結末からは遠退(とほの)いてゐよ 岡井隆 『現代詩手帖』(2020)思潮社 p2…

本日の一首 ー 野口和夫

くしゃみした拍子にのど飴飛び出して凍るホームに終電を待つ 野口和夫『現代短歌・1月号・第82号』(2021)p79 第八回現代短歌社賞、佳作『不採用通知』、より一首。久しぶりに、良い意味でフラットな歌に出会えた。その他の歌も、大きく道理から逸れること…

本日の一首 ー 石田比呂志 『石田比呂志全歌集』

不可思議のひとつ起こらぬこの道を勤めに出づるあしたあしたを 石田比呂志『石田比呂志全歌集』砂子屋書房(2001)p78 ある時、先達に「歌の安定性」について尋ねた。「歌の安定性とは?」と問い返され、「どのような時でも、歌として成立する水準の作歌力を…

本日の一首 ー 奥田亡羊 『亡羊 boyo』

この国の平和におれは旗ふって横断歩道を渡っていたが 一行を拾いに落ちてゆく闇の深さばかりが俺であるのか スプーンを覗き込んでは春の日をぼくは逆さに老いてゆくのか やさしかりし人のこころを計りつつ段(きだ)くだり来て地下鉄を待つ われを待つ妻の…

本日の一首 ー 吉田隼人

竜胆の花のやいばを手折るとき喪失の音(ね)を聴かむ五指かな 吉田隼人『角川短歌』株式会社KADOKAWA(2015・4月号)p64 逐語訳:リンドウの花の刃を手で折る時、刃が失われるその音を聴いているのだろうか五本の指は 竜胆の花は、晴れた日にしか咲かないそ…

本日の一首 ー 飯田彩乃『リヴァーサイド』より

まばたきと同じ昏さに散つてゆく花とは時間(とき)の単位のひとつ 飯田彩乃 『リヴァーサイド』本阿弥書店 (2018)p106 「八雁」のT田氏の紹介で手にした若手歌人の歌集である。常々、今現在、「口語短歌」「若手歌人」と呼ばれている歌人の歌集に、あまり…

本日の散文詩 ― 斉藤政夫 散文詩『はね橋』への感想

斉藤政夫氏の散文詩『はね橋』への感想 斉藤氏の文章は、美しい。御本人は「散文詩」と称しているが、これは「小説」に値する「流れ」がある。以前、あるいは、昔、吉本ばなな氏がインタビューで、「小説家に必要なものは『正確さ』」だと述べられていた意味…

本日の散文詩-斉藤政夫 

はね橋 2020-12-02 | 詩 いつもより早く目が覚めた。体中の毛が全部、白く変わっていた。もう、その時なのだ。聞いてはいたが、やはり……、そうか。仕方ない、行かねばなるまい。これで、一切の苦が、体の痛み・こわばり、心の奥の不安・焦燥・沈鬱がことごと…

本日の詩 ― 斉藤政夫の詩への感想

斉藤政夫氏の詩への感想 読んで泣けば良いという訳では無いが、この詩には、細部に斉藤氏の表現への希求が、確かに見られる。心の底から書かずにはいられない渦が巻き上がり、斉藤氏の気息が嵌め込んだ言葉が顕れる。例えばそれは、『遺伝的なもの』の中の「…

本日の詩-斉藤政夫 ニ篇

【生きてゆくのが苦しい(2)】作・斉藤政夫 遺伝的なもの 日下新介の詩はいいな平坦でぎこちないけど飾りがなくて苦難の生い立ち哀しみのかたわれに喜びがあったことまっすぐに 歌ってる 私にも 苦難の思いで……ちょっとだけ ありました父への憎しみと母へ…

本日の一首

夕暮れの光の海に幾重にも漣広げ船すすみゆく 斉藤政夫(「八雁」会員) 阿木津英選 一位 互選六点 平成二十四年 九月八日・九日 第一回八雁短歌会全国大会 in 北九州 ( *参加者75名) 2020年11月のある日、斉藤政夫氏よりメールにて「さて、私、疲れたの…

本日の一首 — 石川啄木の歌の時代背景

<石川啄木の歌の背景> 啄木の歌は簡単にみえて、返って分かりづらい。 自然主義はいつから始まったのか? ・啄木も自然主義を詠った歌人の一人である。 M29・M30年 正岡子規が生きていた頃、日清戦争があった。子規は従軍している。日清戦争に勝って日本は…

本日の詩

「きらめきのゆきき ひかりのめぐみ にじはゆらぎ 陽は織れど かなし。 青ぞらはふるひ ひかりはくだけ 風のしきり 陽は織れど かなし。」 《中略》 「にじはなみだち きらめきは織る ひかりのおかの このさびしさ。 こほりのそこの めくらのさかな ひかりの…

本日の詩

「ほろびのほのほ湧きいでて つちとひととを つつめども こはやすらけきくににして ひかりのひとらみちみてり ひかりにみてるあめつちは ・・・・・・・・・・・。」 宮澤賢治 『十力の金剛石』福武書店(1983) この詩を前に、私の、私の、孤独など、これっ…

本日の一首 

この花も終ると思ふわびしさに夕寒む寒むと剪り惜しみつつ 江口きち 『江口きち歌集(『武尊の麓』)より 』 至芸出版社 (1991) 色々な本と色々な出会い方をする。その人その人によってそれは違うものである。私が「江口きち」の名を聞きかじったのは、五…

本日の一首

ついに地がうごきいずると思うまで見あげてあれば脚はさむしも 村木道彦 現代歌人文庫『村木道彦歌集』 国文社 (1979) 「八雁」のS藤様の紹介で手にした歌集である。S藤様によると、塚本邦雄氏、岡井隆氏、寺山修司氏が60年代から70年代にかけて「前衛御…

本日の一首

春庭(はるには)は白や黄の花のまつさかりわが家(いへ)はもはやうしろに見えぬ 青い野にトンネルをうがつ阿呆等よわれはあちこちの雲をとらへる 夜なかごろ窓をあければ眼(ま)なかひの星のおしやべりに取りかこまれぬ 石川信雄『cinema』 ながらみ書房(…

本日の一首

不機嫌なあなたが好きと黒板に書きし十五の春のゆふぐれ ためらひてとぶ鳥ありや南風に擁(いだ)かれてわがおくつきは建つ 軍神になれざりしかな回天の錆びゆく春の夜も更けにけり 教卓にクリームパンの置かれゐてああなんとなく旅に出やうか だから心配し…

本日の一首

影深き沼津の鳶を思ふかな七草粥も昨日に過ぎて 玉城徹『左岸だより』 短歌新聞社(2010) 著名な方だということは知っているが、私はまだこの歌集を手にしていない。この歌を知ったのは、ある短歌の勉強会でのことである。私は偶々、同席し作業をしていた。…

本日の一首

怒をばしづめんとして地の果(はて)の白大陸(しろたいりく)暗緑海(あんりよくかい)をしのびゐたりき 宮柊二『宮柊二歌集』 宮英子・高野公彦編 岩波文庫 (1992) 今年の春、一人住まいを始めた。言わずもがな、家庭の事情だった。看護をしながら短歌に…

本日の一首

窓すべて夕焼したる建物のひとつの窓がいま灯(とも)したり 佐藤佐太郎『しろたへ』『現代短歌 9月号』現代短歌社(2020)p65 佐藤佐太郎が好きだと言う方が、周囲に多い。掲出歌は私が初めて目にした、佐藤佐太郎の歌である。上手い。内容もいい。けれども…

本日の一首

ゆふの灯のつかぬアパートの窓ひとつ幼きものの干物(ほしもの)さがる 上田三四二『鎮守』 『現代短歌 9月号』現代短歌社(2020)p68

本日の一首

学生の影疎らなるキャンパスやひときわさびし三月末日 篠原三郎『キャンパスの四季』 みずち書房(1991)p26 我等「八雁」にいつも、励ましのお便りをお送りくださる方がいる。同姓同名だろうか。この本は、2012年に、私が「八雁」の正会員になった時に詠っ…

本日の一首

さをはうがつ なみのうへのつきを ふねはおそふ うみのうちのそらを 「棹穿波底月 船圧水中天」 棹は穿つ波の上の月を船は圧ふ海の中の空を 紀貫之『土佐日記』 (934年) 19歳の頃、受験勉強の最中に、予備校のテキストで出会った、歌。余程、救われたので…

本日の一首

仰ぎつつ歩みをとどむ夕ぞらはいまだも青きひかりながらふ 阿木津英『黄鳥』砂子屋書房(2014)p151 当たり前の事、普遍的な事、それを見つける為に、感じ、感じ、感じ取る事。そして、木を彫り形が現れる如く、言葉で五感の感ずるところを内奥から表に出だ…

本日の一首

一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております 山崎方代 『山崎方代全歌集』不識書院(1955)p125 片思いだったのか、悲恋の相思相愛だったのか。いかようにも、切ない思いを斜め上から切り取った一首。本当の恋、とはこのようなものではないだろう…